上田駅周辺 ●●   June 27,2003   with FinePix500

 上田といえば上田城跡が有名です。また、北国街道の宿場町であったこの地に残る古い街並み風勢は、ちょっとしたものです。
上田の地図

 ★ 上田駅
station
 ちょうど工事中だった上田駅。駅前には、何が出来るのでしょうか?

 ★ 上田藩主屋敷門と堀跡
上田藩主屋敷門と堀跡  関ヶ原の合戦後、真田信之がここに居舘を築いて以来、歴代藩主の居舘となった。この門は、1790年の再建。堀と土塁は真田時代の構築。現在は県立上田高校の正門となっています。


 ★ 石井鶴三美術館
石井鶴三美術館
 大正・昭和時代に活躍した石井鶴三の彫刻,絵画,版画を展示してます。

 ★ 上田城跡
上田城跡
 真田幸村の居城で徳川の大軍を二度にわたり退けた上田城。今も本丸跡の3基の隅櫓,石垣,堀等が残っています。
 写真上段は隅櫓、下段は真田神社にある樽で出来た茶室と真田井戸です。この井戸の途中には、太郎山へ抜ける横穴があり、猿飛佐助がしばし利用したと伝えられます。

 市立博物館写真・山本鼎記念館   観覧 博物館・記念館・櫓の三ヶ所共通 250円
  
ここは、上田公園となっており、博物館,山本鼎記念館もあります。
みうぢあむ
 ・市立博物館 (写真左)
 上田や地方の出土品や藩制時代の甲冑・古文書・美術品,明治〜昭和の民具などを展示してます。
 ・山本鼎記念館 (写真右)
 大正期の画家で、上田の農民美術運動を始めた山本鼎の作品を展示してます。

 ★ 芳泉寺
芳泉寺
 真田氏と仙石氏の菩提所だった寺で、広い境内には堂宇が並んでいる。本堂裏に仙石秀久・忠政・政俊3代の霊廟と、真田信之の妻小松姫(本田忠勝の娘で家康の養女)の宝篋印塔がある。

 ★ 桝形
 上田城下へ一気に進入できないように、道を直角に曲げた桝形が残っている。北側の高橋は、切って落とせるように造られ、西側の防御の役目もしていたそうだ。

 ★ 向源寺
向源寺

 ★ 旧北国街道
旧北国街道
 旧北国街道には、あちらこちらに古い家が残っている。今なお昔のままの建物を整備し、商店となってたり(写真上段)、住居としている家屋(写真下段)が残されている。しかし、放置されて倒壊寸前の建物も少なくなく、何時までこの風景が見られるか、一寸心配である。

 ★ 保命水
 明治14年に新田の海禅寺に湧く清水を木管で引き、町の北と南に四角い石の井を造り、中間2ヶ所に蛇口管も立てて生活用水,非常用水に使っていた。残念ながら、現在はそのまま飲むことが出来ません。


 ★ 大輪寺
大輪寺
 真田昌幸夫人の山之手殿(寒松院)が開いた寺。正面には本殿、その左手前には寒松院の墓という石塔、墓地には山本鼎の分骨墓が立っている。

 ★ 本陽寺
本陽寺
 小諸城主仙石秀久が夫人本陽院殿のために建立した寺を、小諸から移したもの。裏の墓地には秀久から4代目の仙石忠俊の廟所がある。

 ★ 月窓寺
月窓寺
 1615年に真田幸村秘蔵の馬具を埋めて再興した寺。墓地には幕末の洋式兵学者赤松小三郎の遺髪を埋めた墓が立っている。

 ★ 願行寺
願行寺
 真田昌幸が海野郷から移し、のちに松平氏の菩提寺となった寺で、松平氏歴代の墓が立っている。

 ★ 毘沙門堂跡
毘沙門
 1829年に活文禅師が開き、佐久間象山も学んだ寺子屋「毘沙門堂」の跡。

 ★ 日輪寺
日輪寺
 1545年に海野孝義が開いたと伝わる寺。正面には、孝義の念持仏をまつる観音堂、右には子安観音、左には勢至堂が建っている。

 ★ 池波正太郎真田太平記舘   観覧 300円
 故池波正太郎氏と、代表作「真田太平記」を中心とした池波文学を紹介しているそうです。


 ★ 信濃国分寺跡
 741年聖武天皇の詔によって全国に建てられた国分寺の一つ。

 ★ 信濃国分寺
 当初の国分寺が平安末期に焼失し、国分寺跡の200m北側に再建されたのが現在の信濃国分寺。室町中期の建立と推定される国の重要文化財・三重塔は三間三層の銅板葺きで、外部は和様内部は和唐折衷様式で施された当時の彩色跡がうかがえる。

 真田太平記舘は知らなかったので、残りは遠かったので、行っておりません。


 
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